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横浜市に杉山神社が多い理由とは?

戸部公園の隣にある戸部杉山神社

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横浜市に杉山神社が多い理由とは?
「杉山神社」と聞いてどの神社を思い浮かべますか?
ここでは、横浜にたくさんある杉山神社についてご紹介するコンテンツです。

横浜市に杉山神社が多い理由とは?

横浜市には杉山神社がたくさんあるのをご存知ですか?
横浜市にお住まいの方には杉山神社は身近な存在ではないでしょうか。
今回は「杉山神社が多い理由」と「5つの杉山神社」をご紹介していきます。

横浜には杉山神社がたくさんある

神奈川県神社庁ホームぺージで「杉山神社」を検索すると32件、横浜市内に限ると29件ヒットしました。
これだけ多くの「杉山神社」が横浜にあるのはなぜなのでしょうか。

検索結果: – 神奈川県神社庁

■では「杉山神社の本社はどこか、御祭神はだれか」昔から盛んに議論されてきましたが、未だに定説がありません。明らかなことは、杉山神社の分布が鶴見川・帷子川・大岡川の三水系、及び多摩川の右岸(川崎寄り)に限られていること、多摩川の左岸(東京寄り)地域は氷川神社が多いこと、杉山神社が数多く分布する旧都筑郡でありながら現在の旭区内には一社もなく他の神社の勢力が優勢であることなど、ごく一部に限られます。

■杉山神社の分布状況から「杉山の神」を奉斎する集団が、海を渡って江戸湾(東京湾)に入り、各河川を遡りながら開発を進めたのではないかと考えたくなりますが、それも推論の域を出ません。杉山神社についての研究はまだまだこれからです。

■一般に古い歴史をもつ神社ほど、由緒や御祭神がよく分からないと言われています。つまり「杉山神社考」とは、杉山神社が古社であることの証明に他なりません。

神明社:杉山神社考
鶴見神社

保土ケ谷区にある神明社によると、杉山神社の名前が出てくるのはなんと平安時代から。
古い歴史を持つ神社のため「本社はどこか、御祭神はだれか」などの定説はないとのこと。
つまり、杉山神社の広まった理由はいまだによく分かっていないとのです。
横浜市内最古の神社と言われる「鶴見神社」も古くは「杉山神社(杉山大明神)」でした。
1920年に社名を「鶴見神社」と改めたそうです。
このような明治時代以降に他の神社と合併、社名を変更したものを含めれば約70社になります。

参考:「神明社:保土ヶ谷郷土史」より

横浜市にある杉山神社紹介

ここからは、横浜市にある5つの「杉山神社」をご紹介します。
ぜひ参考にしてみてください。

星川杉山神社(保土ケ谷区)

星川杉山神社 本殿
星川杉山神社

保土ヶ谷区にある星川杉山神社は星川駅から徒歩10分、保土ケ谷公園からも近く丘の上の緑あふれた落ち着いた雰囲気の神社です。
星川杉山神社は可愛い御朱印帳も人気、杉山神社の樹の精「スギマロ」もいます。

祀られている神様は
日本武尊(やまとたけるのみこと)
です。

およそ千二百年の歴史を持つ星川杉山神社は、東に横浜の港、西に霊峰富士山を望む横浜市保土ケ谷区の高台に鎮座しています。

古くから杉や松などの緑に恵まれ、昭和以前の時代にはそれらの木々が境内全体を真四角に囲むほどだったといいます。高台に置かれた木々の重箱のような姿は昔の人々に「杉山大明神(すぎやまだいみょうじん)の重箱山(じゅうばこやま)」という愛称で親しまれ、敬われました。横浜港に灯台が設置される以前は港へ入る船の指標ともされ、地域の人々だけでなく海で働く人々の守り神としても尊ばれていたようです。

平安時代や江戸時代に書かれた古い書物をひもとくと、杉山神社の霊験の高さ、すなわち神さまのご神徳に関する記述がいくつも見つかります。そのため、昔も今も近隣の人々はもちろんのこと、遠くからお参りに訪れる人々が後を絶ちません。

星川杉山神社について | 星川杉山神社

千二百年の歴史を持つ星川杉山神社 – 横浜で暮らそう

杉山神社(南区)

杉山神社
杉山神社

南区の横浜市営地下鉄「蒔田駅」からすぐのところにある杉山神社です。
杉山神社幼稚園境内にある神社です。

祀られている神様は
主祭神
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
天照皇大神(あまてらしますすめおおかみ)
宇賀御魂命(うがのみたまのみこと)

相殿
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
です。

承元3年(西暦1209年)源頼朝の三男 貞暁法印(俗に鎌倉法印という)が、鎌倉幕府の鬼門鎮護のため伊豆国土肥の杉山から勧請し市杵島姫命を鎮座創建した。創建された往時の当地は、山の根が海中に突出したその洲先であり、当時は風向うるわしい海浜であった。
明治42年、無格社大神宮社、稲荷神社を合祀し祭神二柱を加えた。
現社殿は昭和32年鉄筋コンクリートにて御造営。昭和52年の屋根荘厳化工事完成。昭和61年御影石にて新玉垣御造営。社殿は、権現造銅板葺、本殿御屋根二層、拝殿御屋根千鳥破風、唐破風重ね。
平成21年、ご鎮座800年を迎えた。

杉山神社 歴史と今

蒔田駅は横浜市営地下鉄第1号車両搬入の地 – 横浜で暮らそう

横濱水天宮・太田杉山神社(南区)

横浜水天宮
横濱水天宮・太田杉山神社

南区、京浜急行「南太田駅」から徒歩10分にある安産の神様としても有名な杉山神社です。
戌の日に安産祈願、生まれてからはお宮参り、そして七五三とお詣りされる方が多く、落ち着いていて静かな雰囲気です。

祀られている神様は
横浜水天宮御祭神
天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
安徳天皇(あんとくてんのう)
建礼門院(けんれいもんいん)
二位の尼(にいのあま)

杉山神社御祭神
日本武尊(やまとたけるのみこと)
です。

「水天宮」は横浜が吉田新田開発の頃、度々水害に悩まされた為、貞享年間(1684年~1687年)に久留米より現在の長者町の辺りに水天宮の御分霊を勧請奉斎し、水害の守護神として祀られていました。
明治の初め、河野与七がこの地を開拓するにあたり旧体を発見し、社殿を建立して再興すると、安産・子育ての守護神として広く関東一円より人々の崇敬を集めました。
しかし、昭和20年5月29日横浜大空襲により全焼。境内地も米進駐軍に接収されてしまいました。その後は、杉山神社の氏子内にあった河野与七の子孫の屋敷に仮社殿を造営し奉斎し、氏神杉山神社の神官により祭事を執り行ってまいりましたが、奉祀の継続が困難になり、平成10年氏神社である杉山神社に相殿神として迎えられ、合祀される事となりました。
それ以降「太田杉山神社」と一緒にお祀りされているのが「横濱水天宮」でございます。

「杉山神社」は旧太田村の総鎮守として祀られ、古来より火防の霊験あらたかな神社として延喜式にもその名が見られ、崇められてまいりました。
創始は不明ですが、日本武尊の東征の経過の地は、平和な生活が出来るようになった為、そのご功績を称え此の地に奉祀されたものと思われます。
永和2年6月(1376年)に益田大江助が社殿を再建した棟札等が遺されていましたが、水天宮と同じく横浜大空襲により文化7年御造営の社殿を始め社務所から境内の樹木に至るまで全てを焼失してしまいました。しかし、戦火中と雖も祭祀はゆるがせに出来ないと、仮社殿を急造し奉祀を続け、終戦となり、氏子の総力を以てまだ氏子地域内はバラックが建ち並ぶ昭和33年、境内地の整地から社殿の造営が行われ戦災復興が氏子の希望として完成されました。

横濱水天宮について | 横濱水天宮・太田杉山神社

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生麦杉山神社(鶴見区)

生麦杉山神社
生麦杉山神社

生麦杉山神社は、横浜市鶴見区岸谷の「宮山」と呼ばれる高台に鎮座する神社です。
この杉山神社は「岸谷/生麦/大黒町」地域の総鎮守です。

祀られている神様は
日本武尊(やまとたけるのみこと)
です。

当社の設立は古くて判りませんが、
天正2年(1574)に当村に
設立されたと伝えられており元禄16年※万延元年に再建されるとあり
現社殿は昭和12年に着工し14年に竣工した。
手鉢水盤に享保9年
石造鳥居に天明元年に
の彫刻が在る。
高い石段は生麦沖に沈んだ石を村人たちが引き上げ神社の階段を作る。明治10年に完成。

「総鎮守 杉山神社」案内板 より

生麦「杉山神社」は横浜で初詣の穴場スポット – 横浜で暮らそう

戸部杉山神社(西区)

戸部杉山神社

西区、相鉄線「西横浜駅」や「平沼橋駅」から徒歩10分ほど、西区役所の北側にある戸部杉山神社は
「672年(白鳳3年)」創建。1300年以上の歴史のある神社です。
境内に狛犬ならぬ「狛ねずみ」が置かれているのも特徴です。

祀られている神様は
大己貴命(おおなむちのみこと)
です。

横浜 西区役所の周辺は、子育てエリア!? – 横浜で暮らそう

以上の神社の他にも各区に杉山神社が存在しています。

  • 杉山神社(神奈川区)
  • 川島杉山神社 (保土ケ谷区)
  • 杉山神社(保土ケ谷区)
  • 杉山神社(港北区)
  • 杉山神社(緑区)
  • 千草台杉山神社(青葉区)
  • 杉山神社(都筑区)
  • 大棚杉山神社 (都筑区) など

横浜にたくさんある杉山神社へお参りに行こう

「杉山神社」で検索するとたくさん出てくる杉山神社。
お近くの杉山神社へお参りに行ってみてはいかがでしょうか。

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元相鉄沿線ユーザ、現在は他沿線の横浜市民。