横浜で住む、暮らす、楽しむ 横浜に住む暮らすの情報

牛丼の「すき家」1号店は横浜 生麦にあった!?

この記事を読むのに必要な時間は約 9 分0秒です。

牛丼の「すき家」1号店は横浜 生麦にあった!?
全国展開している牛丼チェーンの1つ「すき家」。
そんな「すき家」の第1号店が、鶴見区生麦にあったことをご存知でしょうか?
店舗の外観やどんぶりなど、色々な所に横浜を感じられるデザインが使われています。
ここでは、横浜発祥の牛丼チェーン店「すき家」の歴史を紹介するコンテンツです。

牛丼の「すき家」1号店は横浜 生麦にあった!?

日本で有名な大手牛丼チェーンと言えば「すき家/吉野家/松屋」の4つ。
中でも、すき家は1,941店舗も展開し、最多店舗数を誇るのです。(2023年7月時点)
そして「すき家」の第1号店と本社が、横浜市鶴見区生麦にあったのをご存知でしょうか?
現在、1号店跡地にはマンションが建てられているため、面影を見ることはできません。
しかし、すき家は鶴見区生麦から始まった「横浜発祥」ということになります。
「すき家の歴史とは?」「すき家1号店と本社はどこにあった?」「店舗で横浜を感じられる?」
今回は、横浜発祥の牛丼チェーン店「すき家」の歴史についてお伝えします。

すき家 誕生までの歴史と創業当時について

現在「株式会社すき家」は「株式会社ゼンショーホールディングス」の完全子会社です。
すき家は工場を併設する小さな本社を構え、1982年6月に横浜市鶴見区で創業しました。

1982年6月当社を設立し、
神奈川県横浜市鶴見区に横浜工場併設の本社を設置
1982年7月ランチボックス(弁当店)1号店として
生麦店(神奈川県横浜市鶴見区)を開店
1982年11月すき家(牛丼店)ビルイン1号店として
生麦駅前店(神奈川県横浜市鶴見区)を開店
1986年8月本社を神奈川県横浜市神奈川区へ
横浜工場を神奈川県横浜市緑区(現在の都筑区)へ移転
1987年4月本社を神奈川県横浜市神奈川区(鶴屋町)へ移転
1987年7月フリースタンディング1号店として
水戸店(茨城県水戸市)を開店
1989年1月本社を神奈川県横浜市西区へ移転
沿革(1982年-1990年)- ゼンショーホールディングス

今では考えられませんが、すき家は地元密着の小さなお弁当屋さんから始まっています。
当時から、現在のような牛丼を提供していたわけではありません。
これまで店舗数を増やし、会社が大きくなるたびに本社を移転してきました。
現在は1,941店舗を展開し、国内のみならず海外進出も果たしています。(2023年7月現在)

地元民が語る!生麦の由来と治安 – 横浜で暮らそう

すき家は横浜発祥 1号店が「生麦駅前店」

すき家の親会社である「株式会社ゼンショー」は、1982年(昭和57年)6月に設立。
ゼンショーは当初、牛丼ではなくお弁当を販売していました。
その店舗が初めて建てられたのは、会社設立の翌月(1982年7月)となります。
鶴見区生麦3丁目「大黒町入口交差点」付近にお弁当屋「ランチボックス」を開業。
創業当時は「すき家」という名前でもなく、牛丼屋でもなかったのは驚きですね。
生麦は、当時から近くに大黒ふ頭の京浜工業地帯があった影響で労働者が多かったのです。
工場が多かったため、お腹に溜まってコスパの良いお弁当は売れると狙いを定めます。
立地の良かったこともあり、この場所にお弁当を販売する店舗としてオープン。
赤とオレンジのカラフルで、レトロな建物が目立つ昔ながらのお弁当屋でした。
社長の小川氏は、もともと牛丼チェーン「吉野家」で働いていたそう。
吉野家で働いていた経験を活かし、1982年11月「すき家」1号店が同じく生麦に誕生。
残念ながら「すき家1号店」のあった正確な場所も、現在は資料に残っていません。
その後、複数のおかずを調理する弁当屋の経営は難しく、ランチボックスの業績も悪化。
1つのメニューに絞り、牛丼のみを提供するというシンプルな経営に切り替えたのです。
これが、現在の「すき家」の始まりとなります。

参照:鶴見区生麦3丁目 大黒町入口交差点(2009年撮影)Google Mapストリートビュー

ランチボックスの建物は2012年頃まで残っていましたが、現在は居酒屋になっています。
すき家のルーツである「ランチボックス」の跡地は、京急線「生麦駅」が最寄り駅。
駅から歩いて約5分、国道15号線沿いに進んで「大黒町入口交差点」付近にありました。
現在は、居酒屋「濱食堂風薫亭」が居抜き店舗として営業しているのです。
ちなみに以前までは外壁に「ランチボックス」と書かれた跡が残っていました。
しかし、現在は塗装もキレイに塗り直されて消えています。
写真から建物を比較すると、外観は変わらずに当時の面影が感じられますね。

横浜「生麦魚河岸通り」は年末おすすめスポット – 横浜で暮らそう

かつてはすき家の本社が生麦にあった

そして創業当時の本社は、横浜市鶴見区生麦4丁目にあったのです。
その4年後となる1986年8月に、本社が神奈川県横浜市神奈川区へ移転します。
同時に、横浜工場も横浜市緑区(現在の都筑区)へ移転しました。
現在、本社は東京都港区に移転し、すき家1号店とランチボックスは廃業。
本社のあった場所も建て替えられ、現在はマンションが建っているのです。
このマンションが建てられたのは1991年のため、5年間は空き地だったことになります。
当時の写真を比較すると、そば屋や「柳町人道橋」など他の建物は全く変わっていません。
すき家は、シャッターが付いた2階建ての小さな会社から始まりました。

創業時の株式会社ゼンショー

500円で大満足!キリンビール横浜工場見学 – 横浜で暮らそう

すき家は店舗外観やどんぶりに横浜発祥の面影が

すき家は、横浜市鶴見区生麦から始まりました。
そのため、すき家の発祥は「横浜」ということになります。
このようなこともあり、全国のすき家では「横浜」を感じるデザインが採用されています。
1つ目が店舗の外観です。
多くの「すき家」には、建物上部に先端が尖ったオブジェと時計が取り付けられています。
この時計台は、横浜のシンボルである「横浜開港記念会館」をデザインしているのです。
しかし、ここ最近は小型店舗の増加に伴い、商業施設やビルに入る店舗では見られません。
すき家はどこもレンガ調の外壁が印象的ですが、これも「横浜赤レンガ倉庫」をイメージ。
発祥地・横浜の「開港記念会館」と「赤レンガ倉庫」のデザインを取り入れているそう。
この印象的でオシャレな外観は、全国の店舗に共通しています。

すき家 鶴屋町店
すき家 鶴見豊岡町店

すき家で提供されている丼のデザインをよく見ると、横浜の街並みが描かれていました。
そして、牛丼を食べ終わって丼を覗くとすき家のロゴ下に「YOKOHAMA」の文字が。
現在第1号店はすでになくなっていますが、こんなところに発祥の地を発見できるのです。
ちなみに「すき家」という名前は、2つの由来から来ているのをご存知でしょうか?

  1. みんなから愛される「好き」
  2. 横浜発祥の鍋料理「すき焼き」

外観や店舗だけでなく、店舗名からも横浜発祥の愛を感じることができますね。
ぜひ店舗に訪れた際には、チェックしてみてください。

メニュー「牛丼」- すき家

ハマっ子が教える おすすめ横浜発祥グルメとは? – 横浜で暮らそう

横浜発祥のすき家で牛丼を食べよう!

最後まで読んでいただきありがとうございます。
ここまで、横浜発祥の牛丼チェーン店「すき家」の歴史についてお伝えしました。
少しでも参考になれば幸いです。
外観や店舗だけでなく、店舗名からも横浜発祥の愛を感じることができる「すき家」。
すき家は創業から辿ると、横浜市鶴見区生麦との繋がりがありました。
ルーツを知ることで、すき家の店舗へ訪れた際により一層楽しむことができますね。
歴史や知識を学んだ上で、牛丼を食べに「すき家」へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

【大募集】横浜の周辺情報 ここが知りたい!

横浜・相鉄沿線・周辺のここが知りたい!

アフィリエイトならイークリック
関連コンテンツ
Writer