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能見台ってどんなところ?

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能見台ってどんなところ?
能見台は横浜市金沢区に位置しており、歴史ある街となっています。
最寄り駅は、京急線「能見台駅」です。
住宅街や商業施設も充実しており、ベッドタウンとして人気のエリアとなっています。
ここでは、そんな「能見台」について紹介するコンテンツです。

能見台ってどんなところ?

みなさんは「能見台」という地名を読めますか?
正解は…「のうけんだい」です。
この「能見台」という街は、ハマっ子でも意外と知らない方も多くいます。
能見台は横浜市南部にあり、金沢区の内陸部エリアに位置する街です。
能見台は金沢区ですが、磯子区にも隣接しているため、アクセスが良いのも魅力の1つ。

住宅街や商業施設が充実しているだけではなく、歴史もある街となっています。
「能見台ってどんなところ?」「地名の由来と歴史は?」「何があるの?」
今回は、ベッドタウンとしても人気のエリア「能見台」についてお伝えします。

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能見台の由来について

まずは「能見台」という地名の由来についてご紹介します。

町名は金沢八景を見晴らした能見堂に因んで名づけた。

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能見台の地名は、金沢八景を見晴らせる「能見堂」という場所から由来しています。
もともと、能見堂のあった能見台一帯の地形は、高低差の激しい台地となっていました。

そのため、台地の能見堂から見渡せるエリアとして「能見台」となったのです。
一方で、坂道が多い能見台の移動には電動自転車や車(バス)が必須となります。
訪れる際は、あらかじめバスの時刻表などを確認してから行きましょう。

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能見台の歴史とは?

ここからは、能見台の歴史についてお伝えします。
そもそも、能見台の由来となった「能見堂」というのは、どんな場所なのでしょうか。
能見堂は、能見台の森の山上にある地蔵堂跡です。
史跡としても知られ、現在は「金沢八景根元地」という石碑もありました。

能見堂跡 – Wikipedia

古くから景勝地として知られ、近くには東海道の保土ケ谷宿から鎌倉へ続く金沢道があります。
この場所が「能見堂」という名前になったのには、諸説ありました。

  1. 景色が「能く(よく)見える」ことから
  2. この地を描こうとした巨勢金岡が見事な景色にのけ反ったことから「のっけ堂」
能見堂跡 – Wikipedia

能見堂
金沢道を500メートルばかり上った先に能見堂跡があります。金沢八景を眺めることのできる展望台があったため有名になり、戦前には巨勢金岡が筆を捨てた伝説とともに「筆捨松」という巨松が茂っていましたが、戦時中に切り倒されてしまいました。

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平安時代の貴族宮廷画家であった巨勢金岡(こせのかなおか)がこの地を訪れました。
松の木の下でこの地を描こうとしたものの、見事な景色にのけ反ったことから「のっけ堂」と呼ばれたのです。
この際、思わず筆も落とした逸話から、松の木を「筆捨て松」とも呼ぶようになりました。
また、浮世絵で有名な歌川広重も能見堂からの景色「武陽金沢八勝夜景」という作品を描いています。

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ここから見えていたのは、現在の「金沢八景」や「平潟湾」です。
この「金沢八景」という地名は、中国の瀟湘八景に似ていたことから由来しています。

元禄7年金沢の地に立ち寄った中国僧、心越禅師(しんえつぜんし)は、能見堂(今の能見台)からの風景が故郷中国の瀟湘(しょうしょう)八景にそっくりと絶賛。このことから金沢八景と名付けられ、駅名にもなりました。幕末の浮世絵師、歌川広重も描いた絶景です。

歌川広重が描いた金沢八景 – 横浜市金沢区
金沢八景から見た「平潟湾」

このことから、能見堂は金沢八景も見渡せる「絶景スポット」として有名になりました。
同じ金沢区内ですので、能見台から見える金沢八景の景色を見に行くのもアリですね。
能見堂の起源は不明ですが、1486年の書物「梅花無儘蔵」には「濃見堂」があるのです。
そのため、少なくとも能見堂は室町時代に存在していたと思われます。
現在は、ハイキングコースとして整備されているほか、梅の名所になっているのです。

能見台と重なる釜利谷町・上中里町・氷取沢町の一部は、明治時代以降に横浜市へ編入しました。
それまでは、別々の町名として独立していたため、能見台という地名もなかったのです。
能見台は、1981年以降の「町界町名地番整理事業」によって新設されました。

能見台一丁目(昭和56年5月1日設置)能見台二・三丁目(昭和57年12月1日設置)
能見台四~六丁目(昭和60年5月1日設置)

昭和56年、昭和57年、昭和60年の町界町名地番整理事業の施行にともない、片吹、釜利谷町、富岡町、堀口、谷津町、磯子区上中里町、氷取沢町の各一部から新設した町。

金沢区の地名と由来 – 横浜市金沢区

片吹・釜利谷町・富岡町・堀口・谷津町・中里町・氷取沢町の各一部からきています。
1970年以降、横浜市の大規模開発「金沢能見台1・2・3丁目地区地区計画」が始まりました。
街全体の整備も進んだことで、現在の能見台エリアとなったのです。

参考:金沢区の地名と由来 – 横浜市金沢区
   C-001:金沢能見台1・2・3丁目地区 – 横浜市

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最寄り駅は京急線「能見台駅」

能見台の最寄り駅は、京急線「能見台駅」です。
現在は「能見台駅」の駅名が浸透していますが、もともとの旧駅名は「谷津坂駅」でした。
1982年、駅周辺の再開発に伴って橋上にあった駅舎の改築工事が実施されたのです。
その際に、駅名も「能見台駅」へ改称されました。

「能見台駅」改札口を出ると、昔ながらのバスロータリーが広がっています。
それもそのはず、現在の駅舎は1982年の改築当時から変わっていないのです。
改札口を出てすぐの頭上には、バスの時刻表が掲示されていてとても便利でした。
京急線「能見台駅」の隣接する駅は「金沢文庫駅」と「京急富岡駅」です。

ちなみに「横浜駅」まで約20分、「品川駅」まで約38分です。
また、普通電車のほかにエアポート急行の停車駅となっています。
そのため「羽田空港第1・第2ターミナル駅」までは約46分で行くことができるのです。
突然の出張などで、飛行機や新幹線を利用する場合にも安心ですね。
他の路線への乗り換えはなく、京急線1本で行けるアクセスの良さが魅力となっています。

京急線
羽田空港 国際線ターミナル

能見台の魅力は、電車の利便性が良いだけではありません。
京急線「能見台駅」すぐ横を通っているのは、横浜横須賀道路「堀口能見台IC」です。
他にも、車で約10分の場所には首都高速湾岸線「幸浦IC」もあります。
首都高速湾岸線「幸浦IC」を使えば、横浜・みなとみらいまで約20分です。
能見台は車での移動がスムーズなため、一家に一台あると便利ですね。

幸浦駅 横浜シーサイドライン
首都高速湾岸線「幸浦IC」出口

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能見台でお買い物するなら

「能見台駅」周辺は、お買い物にも便利です。
まず、駅のバスロータリーを出てすぐに交差点が見えてきました。
このエリアは、緑のオシャレな街灯が目印の「能見台駅前商店街」が広がっているのです。

西側は、ドラッグストア・コンビニ・クリーニング店・飲食店・専門店があります。
人気レストランやパン屋など、お買い物が楽しくなるようなお店がたくさんありました。
商店街の看板がある交差点付近からも分かるほど、急な坂道が伸びています。
この長い坂道を上っていくと、能見台の住宅街へ続いているのです。

商店街の北側を抜けると、スポーツの強豪校で有名な横浜高校が見えてきます。
また、横浜高校とは反対側には「イトーヨーカドー」もあるのです。
平日の仕事帰りも、駅周辺でお買い物ができるのは嬉しいですね。

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横浜 能見台へ行ってみよう!

最後まで読んでいただきありがとうございます。
ここまで、横浜市金沢区の「能見台」についてお伝えしました。
少しでも参考にしていただければ幸いです。
能見台は金沢区の内陸部にあり、ベットドタウンとして人気の街となっています。

そして「能見堂」など古くからの歴史が残る場所もありつつ、再開発で進化し続ける街。
商業施設も充実していて、ショッピングが楽しくなるようなお店がたくさんあります。
新旧混在する街「能見台」へ足を運んで、散策してみませんか。

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