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黒澤明監督 映画「天国と地獄」と横浜

京浜急行 黄金町駅

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黒澤明監督 映画「天国と地獄」と横浜
故黒澤明監督といえば、映画界で一番有名な日本人と言っても過言ではないくらいの監督です。
その黒澤監督の映画「天国と地獄」の舞台といえば、昭和30年代の横浜です。

黒澤明監督 映画「天国と地獄」と横浜

黒澤明監督とは?

黒澤明監督と言って、知らない人がいるだろうか?とも思いましたが、若い方はご存知ない方もいらっしゃるかもしれないので、念の為ご説明をさせていただきます。

あの有名な黒澤明監督の映画「天国と地獄」の舞台となったのは、横浜でした。
アメリカの「アカデミー名誉賞」を受賞している数少ない日本人です。

黒澤 明(くろさわ あきら、1910年〈明治43年〉3月23日 – 1998年〈平成10年〉9月6日)は、日本の映画監督、脚本家、映画プロデューサーである。第二次世界大戦後の日本映画を代表する監督であり、国際的にも有名で影響力のある監督の一人とみなされている。ダイナミックな映像表現、劇的な物語構成、ヒューマニズムを基調とした主題で知られる。生涯で30本の監督作品を発表したが、そのうち16本で俳優の三船敏郎とコンビを組んだ。

wikipedia 黒澤明 より

映画「天国と地獄」とは?

黒澤明監督が1963年(昭和38年)に公開された東宝の映画です。
三船敏郎、仲代達矢、香川京子など有名な俳優陣が固められています。

靴会社の常務(お金持ち)の息子の誘拐事件の映画なのですが、時代背景がよく見られます。
身代金を要求した犯人は逮捕されるのですが、なんとも時代の闇を見ているような、考えさせられる映画です。

この「天国」と言われているお金持ちの家があるのが横浜市西区浅間台とされています。
それに対して「地獄」と言われる場所は当時スラム化していた京浜急行 黄金町駅周辺とされています。

「天国」の浅間台とは?

浅間台とは、横浜市西区にあり横浜駅の西側に位置し、近くには横浜市立市民病院やニッパツ三ツ沢球技場があります。交通手段はというと、横浜駅西口からバスで10分くらいで長い坂を上がった高台にあります。

映画の中では、高台に大きい家がボンと一軒建っているイメージで描かれていますが、現在は一体が住宅街となっています。マンションなどもかなり建っています。

浅間台のふもとには「浅間神社」という立派な神社があります。お祭りをやる時には、横浜駅西口あたりから通行止めになってお神輿が通ります。

浅間神社 参道入り口

夏は横浜駅 西口でもお神輿が出る 浅間神社

「地獄」の黄金町とは?

天国に対して、地獄と称された黄金町とは、現在はリノベーションをされたアートの街となっていますが、以前は「風俗の街」というイメージの強い地域でした。

戦前から大岡川の船運を活用した問屋街として栄えた黄金町であったが、終戦後は高架下にバラック小屋の住居が集まり、次第に飲食店に変わっていった。そんな店の中から女性が客を取る店、いわゆる「ちょんの間」が現れ、いつしか関東でも屈指の「青線地帯」として知られるようになる。福富町や長者町方面は「戦時住区」という指定地区になり24時間中に立ち退き命令が出た。その命令で移り住んできた人は福富町、長者町、住吉町の人達で、初音町の広い通りには住吉町界隈の人、日ノ出町には長者町から来た人、赤門には福富町の人がそれぞれ移ってきた。そのため今までのお屋敷町はガラっと変わってしまった。とにかく空いている所に皆転入をした。時が時なので地主も入ってしまった人に立ち退けとは言えず、結局、入った人達が後に借りることになった。

「青線地帯」「大岡川スラム」で悪名をはせる一方、戦後の黄金町はヒロポンやヘロインといった麻薬密売の温床でもあった。特に昭和20年代は、大岡川を境界に密売組織による縄張り争いが頻発した。警察官の巡回すら身の危険を感じて出来ない程荒んだ環境であったという。

wikipedia 黄金町 より

という時代を経ています。そんな時代の黄金町を見て黒澤明監督は「地獄」と表現したのだと思います。
当時の横浜の「闇」の部分を一手に引き受けた場所だったのでしょう。

黄金町

かつて「ちょんの間」の店舗が入っていた間口の狭い店舗が、現在ではJAZZ Barなどお洒落なお店に変化しています。

※ちょんの間(ちょんのま)とは、元赤線・青線で営業している性的なサービスをする風俗店およびその地区。

黄金町はかつては風俗街だった!?アートの街に変化した街

黄金町って住みやすい?

実は「地獄」は浅間町

「地獄」として描かれているのは「黄金町」と書きましたが、実際に黄金町から高台を見上げても浅間台は見えません。実は浅間台の「天国」を見上げている犯人の住むアパートがあった場所は「浅間町」だったそうです。

確かに浅間町からならば浅間台の家が見上げられると思います。

現在の浅間町は、横浜駅から徒歩圏とアクセスが良いので、マンションも多く人気の住宅街です。

浅間町1

横浜 西区 で手軽に利用できるスポーツジム施設

昭和の時代から絵になる横浜

横浜が舞台になる映画は昭和の時代から多く作られています。
当時から「絵になる」ところが多いことが、理由の一つかもしれません。

ご自身の好きな映画のロケ地の近くに住むというのも、ちょっと生活が楽しくなるきっかけになりますね!

ロケ地が横浜、 横浜を舞台とした映画

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Writer
横浜生まれ横浜育ち、通った学校も横浜、現在の住まいも横浜な「どっぷり横浜市民」です。