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鶴見駅は西口と東口では異なる顔を持つ

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鶴見駅は西口と東口では異なる顔を持つ
川崎駅のお隣「鶴見駅」。
「鶴見駅」は、都内から横浜へ向かう際の玄関口です。
皆さんは鶴見と聞いてどんなイメージがありますか?
ここでは、鶴見に長年住んでいる地元民目線で鶴見駅周辺を紹介するコンテンツです。

鶴見駅は西口と東口では異なる顔を持つ

ここ数年で大幅な開発が進み、進化を遂げている「鶴見駅」。
鶴見駅は東口と西口に分かれていますが、駅を出た途端に景色や雰囲気が一変します。
生まれも育ちも鶴見区民の私が、現在の「鶴見駅」とその歴史をご紹介します。

鶴見駅西口は高級住宅街

鶴見駅西口は、JR鶴見駅の利用に最適です。
JR鶴見駅は、京浜東北線と鶴見線2つの路線が乗り入れています。
京浜東北線は埼玉や都内と横浜をつなぐ路線。
鶴見線は鶴見の工業団地をつなぐ路線、鶴見線はもともと臨海部を走る私鉄でしたが、JRが買取りました。
そのためか京浜東北線とは全く違うイメージを持つでしょう。

また鶴見駅西口には、昭和を代表する俳優の石原裕次郎さんのお墓があることで有名な「曹洞宗大本山總持寺」や鶴見大学などがあります。
曹洞宗大本山總持寺(通称:総持寺)の敷地は、とても広いです。
そのため、夏になると「み霊祭り」納涼盆踊りと花火大会でとても賑やかになります。
総持寺については、こちらのコンテンツでもご紹介しています。あわせてご覧ください。

鶴見の総持寺と夏の思い出 – 横浜で暮らそう

鶴見駅西口のバスターミナルを出てすぐの坂をのぼって行くと、高級住宅街と言われる「東寺尾」や「諏訪坂」、「馬場」になります。

「馬場」には馬場花木園(ばばかぼくえん)という、豊かな緑に囲まれた和風の風致公園があります。
四季折々の植物、大きな池、茶室、竹林などあるほか、江戸時代末期から明治時代初期にかけて建築された風情ある茅葺屋根の古民家があります。
これは、当時の旧馬場村に住んでいた澤野家が購入し、この地に移築したものです。
古民家の主屋と東屋は、2016年に横浜市の「特定景観形成歴史的建造物」に指定されました。
鶴見駅西口が高級住宅街と言われるのには、このような場所があることが挙げられます。
鶴見区のなかでも海側に住んでいる私は、鶴見駅西口周辺が鶴見駅東口周辺に比べて「坂を上がらなければならない地形」や「住宅街が多い」こともあり、アクセスの悪さを感じてしまいます。

一方で、商店街・商業施設・飲食店も多くあります。
西友鶴見店」は、「鶴見駅」西口から約1分の場所にあるスーパー。
建物自体は駅直結でないため、雨の日は傘が必要となります。
SEIYUは、全国に300店舗以上を展開する安さが魅力のスーパーとです。

ミナール」は、JR線「鶴見駅」西口から30秒の場所にある駅ビルです。
6階建ての全7フロアに、飲食店・雑貨・本屋・事務所など14店舗が入っています。
コンセプトは「おでかけ、仕事帰りに便利なショッピング施設」となっていました。館内はあまり明るい雰囲気ではありませんが、歴史も長いため、レトロで趣ある建物となっています。
駅直結のため、雨に濡れることなく利用するができるのは嬉しいですね。

「豊岡商店街」は、JR線「鶴見駅」西口から約3分の場所にある商店街です。
商店街は「駅前地区」と「三角地区」に分かれており、約100店舗が軒を連ねています。
その中で、呉服店・本屋・飲食店・郵便局・診療所などが揃っていました。
地元の方々に人気の飲食店やパン屋をはじめ、チェーン店までが立ち並んでいます。
ただ、一般的な商店街には必ずある精肉店や鮮魚店などの専門店がない珍しい商店街です。
しかし、豊岡商店街内には小学校もあります。

他にも、西口エリアにはメディアでも取り上げられる「業務スーパー」もあります。
お得にショッピングができるのは、嬉しいですね。
豊岡通り商店街を抜けると、鶴見区内で唯一のアーケード商店街「レアールつくの」もあるのです。

「レアールつくの」は、鶴見区佃野町にある商店街です。
JR線「鶴見駅」方面の入口(南側)には、約400mのアーケード商店街が広がっていました。
一方の北側は「レアールつくの」と書かれた大きな看板がある屋根なしの商店街となっています。

日本のアーケード商店街は、屋根で完全に覆われた「全蓋式アーケード」となっています。
「レアールつくの」1番の魅力は、雨に濡れずお買い物できることです。
雨の日でも、傘を差さないでお買い物できるのは嬉しいですね。
「レアールつくの」の由来は、中央市場があったパリの地名「レアール」からきています。

商店街周辺は、アパートや裏路地が多く残る下町の静かな住宅街です。
また、緑も多く生い茂っていました。
こちらも、昭和レトロでどこか懐かしい雰囲気は、歩いていてホッとしますね。
大通りの下末吉1丁目交差点からは、リニューアルした「MORIUM&鶴見工場」が見えます。

ここ数年で、レトロで写真映えする「エモい」ものが若者の間で流行っています。
「レアールつくの」もそんな昭和レトロな「エモい」建物や食べ物が多く残っているのです。
商店街には、精肉店・八百屋・パン屋・コインランドリー・呉服店・本屋・郵便局・飲食店などがあります。

店舗前で呼び込み、店主が椅子に座って店番、ラジオが流れる店舗、はたきで商品の手入れ…
パン屋の前を通ると、焼きたてパンの良い香りがしてきました。
電気屋は「商店街の電気屋」という佇まいで、どこか懐かしい雰囲気です。
また、商店街には塾・英会話教室・パソコン教室など、学びの場も充実している印象でした。

外までびっしりと並んだ商品や外のショーケースで販売するなども商店街ならではの光景ですね。
特に、手書きで描かれた商品の値札表は味があって、温もりも感じます。
上を見ると、どの店舗も古い建物が残っていて歴史を物語っていました。

どの店舗も歴史があるようで、全体的に懐かしい雰囲気でした。
特に、洋食屋さんのショーウィンドウに飾られたカラフルな「食品サンプル」。
当時から変わらず、どこか懐かしい食品サンプルは、レトロで「エモかった」です。

コインランドリーの薄暗く剝き出しとなった床もノスタルジックな雰囲気が漂います。
少し散策しただけで、商店街の魅力「優しさや人情」を肌で感じることができました。
商店街も夕方になると、買い物をする主婦や小学校から下校してきた子どもで賑わいます。

鶴見駅東口は古き良き下町の跡が残る

鶴見駅東口は、京急線・京急鶴見駅の利用に最適です。
東口を降りるとすぐにバスターミナル・商店街・飲食店・文化センター「サルビアホール」もありました。
鶴見駅東口の最大の魅力は2つあるのです。
JR鶴見駅直結の駅ビル「CIAL(シァル)鶴見」が隣接しています。
「CIAL(シァル)」は、横浜ステーシヨンビルが運営しており、県内の駅ビルで展開している商業施設です。
1階~6階までに、生鮮食品・惣菜・書籍・ファッション雑貨・カフェなど約20店舗が入っています。

そして、京急鶴見駅下にはショッピングプラザ「ウィングキッチン京急鶴見」が併設されています。
どちらの施設も改札を出てすぐにあり、雨の日でも濡れずにお買い物ができるため、とても便利です。

京急鶴見駅

駅から少し歩くと、「鶴見銀座商店街(ベルロードつるみ)」が見えてきます。
鶴見銀座商店街は京急線「京急鶴見駅」から約1分、旧東海道沿いにあるのです。
地域の方々からは「ベルロード」の愛称で呼ばれています。
ただ、正式には駅前に近い一部のエリアを「ベルロード」と呼んでいます。
名前で「ベル」と付くように、入口のアーチにはベルが付いているのです。
そのため、1時間ごとに時報代わりとしてベルの音が商店街に鳴り響きます。

商店街には、約80店舗が軒を連ねており、スーパー・飲食店・病院などがありました。
加盟店舗でお買い物をすると100円でスタンプ1枚が貯まり、200枚で300円のお買物ができるようになっています。
特に有名で、地元の方々から人気の店舗が「ESPLAN(エスプラン)」というパン屋です。

ESPLAN(エスプラン)

毎日、90種類以上の焼きたてパンが並ぶ店内は、地元の方々で常に賑わっています。
1番人気の看板商品は、1999年の発売から絶大な人気を誇る「珈琲あんぱん」です。
この「珈琲あんぱん」は、普通のあんぱんとひと味違っています。
エスプレッソが配合された自家製こしあんと生クリームが入った「冷やして食べる」あんぱん。
2009年の「パン・グランプリ東京」で最優秀都知事賞を受賞し、メディアにも取り上げられるほど有名です。

珈琲あんぱん
珈琲あんぱん

旧東海道沿いにある店舗自体は歴史が古く、はじまりが江戸時代までさかのぼるのです。

1679年(延宝7年)に初代塩田作兵衛が創業しました。
「覇王樹(さぼてん)茶屋」というお茶屋さんとして親しまれ、パン屋になったのは1952年からです。
店名の由来は、近くに4メートルほどもあるサボテンが自生していたことから。現在の社長で2代目(覇王樹茶屋からは11代目)になります。
店名が変わってからも「さぼてんやさん」と呼ばることもあります。

ブランドヒストリー – ESPLAN

もともと、旧東海道を行く人々の休憩処としてお茶屋さんから始まっていたのです。
現在の店名「ESPLAN(エスプラン)」は、スペイン語が語源の「エスプラナード=散歩道」から来ています。
「気軽に立ち寄ってもらえるお店になるように」というのが名前の由来だそうです。
近くを立ち寄った際には、ぜひとも足を運んでみてくださいね。

そして、毎月第4土曜日は商店街のイベント開催日となっているのです。
無料で出店できるフリーマーケット、ハズレなしの抽選会、ワゴンセールなどが実施されています。
また、地元の方々が路上でライブを開催するなど、とても盛り上がっていました。
私も抽選会では、3等の食器用洗剤が当たったことがあります。

周辺には、区役所・郵便局・大型スーパーなどがあります。
京急線「京急鶴見駅」から約5分の場所に鶴見区役所があります。
普段の行政手続きがここで済むのは、便利ですね。
東口は西口のような坂道もなく、生活に欠かせないお店が充実しているため、とても暮らしやすいです。

鶴見区役所
リコパ鶴見

臨海部には、港と工場が密集する「京浜工業地帯」が広がり、幻想的な夜景を見られることも魅力の1つ。
特に、大黒ふ頭は知る人ぞ知るドライブおすすめスポットとなっています。
デートなどで京浜工業地帯の夜景を見に来る方も多いんですよ。

幻想的な夜景が広がる「京浜工業地帯」
大黒ふ頭から見える「横浜ベイブリッジ」

そして飲食店ですが、こちらも西口エリアと同様、たくさん揃っているのが嬉しいですね。
現在、多くの飲食店でテイクアウトが可能となっているため、ファミリー層や単身者にも便利です。
東口エリアは坂道のない平坦な道のため、暮らしやすく利便性が高い街となっています。

横浜 鶴見ってどんな街? 暮らしやすいの? – 横浜で暮らそう 

鶴見でショッピングが便利なエリアはどこ? – 横浜で暮らそう

鶴見の歴史からみる

1868年、明治維新で改名した東京(旧江戸)と、開港によって急激な発展を遂げた横浜の中間に位置している鶴見は、文明開化の影響をいち早くもたらしていました。
そのため当時のファッションはもちろん、西洋野菜や果樹栽培などの農業も盛んになりました。
海に近い臨海部では埋め立てが行われ、一気に近代工業都市へと発展していきました。
1872年、新橋から横浜間の鉄道が開通と同時に鶴見駅も誕生しました。
開業当時の鶴見駅は、東口のみでした。その後、1920年に西口が完成しました。

1920年(大正9年)に開設した鶴見駅西口 鶴見の歴史 横浜市

現在の鶴見駅東口にある駅ビルは「CIAL(シァル)鶴見」ですが、1965年(昭和40年)から2008年(平成20年)までは「つるみCOMIN(カミン)」という名称でした。

時代とともに建て替わってきた、現在までの鶴見駅東口です。

鶴見駅東口 1955年頃
鶴見駅東口 1975年頃
鶴見駅東口 2008年頃

参考:鶴見の歴史 – 横浜市鶴見区

横浜の秘境駅「JR鶴見線」でぶらり旅 – 横浜で暮らそう

鶴見での暮らしは?

ここで鶴見駅西口と東口にある、私のおすすめスポットを2つご紹介します。

レアールつくの

「レアールつくの」は、鶴見区佃野町にある商店街です。
JR線「鶴見駅」方面の入口(南側)には、約400mのアーケード商店街が広がっていました。
一方の北側は「レアールつくの」と書かれた大きな看板がある屋根なしの商店街となっています。

日本のアーケード商店街は、屋根で完全に覆われた「全蓋式アーケード」となっています。
「レアールつくの」1番の魅力は、雨に濡れずお買い物できることです。
雨の日でも、傘を差さないでお買い物できるのは嬉しいですね。
「レアールつくの」の由来は、中央市場があったパリの地名「レアール」からきています。

商店街周辺は、アパートや裏路地が多く残る下町の静かな住宅街です。
また、緑も多く生い茂っていました。
こちらも、昭和レトロでどこか懐かしい雰囲気は、歩いていてホッとしますね。
大通りの下末吉1丁目交差点からは、リニューアルした「MORIUM&鶴見工場」が見えます。

ここ数年で、レトロで写真映えする「エモい」ものが若者の間で流行っています。
「レアールつくの」もそんな昭和レトロな「エモい」建物や食べ物が多く残っているのです。
商店街には、精肉店・八百屋・パン屋・コインランドリー・呉服店・本屋・郵便局・飲食店などがあります。

店舗前で呼び込み、店主が椅子に座って店番、ラジオが流れる店舗、はたきで商品の手入れ…
パン屋の前を通ると、焼きたてパンの良い香りがしてきました。
電気屋は「商店街の電気屋」という佇まいで、どこか懐かしい雰囲気です。
また、商店街には塾・英会話教室・パソコン教室など、学びの場も充実している印象でした。

外までびっしりと並んだ商品や外のショーケースで販売するなども商店街ならではの光景ですね。
特に、手書きで描かれた商品の値札表は味があって、温もりも感じます。
上を見ると、どの店舗も古い建物が残っていて歴史を物語っていました。

どの店舗も歴史があるようで、全体的に懐かしい雰囲気でした。
特に、洋食屋さんのショーウィンドウに飾られたカラフルな「食品サンプル」。
当時から変わらず、どこか懐かしい食品サンプルは、レトロで「エモかった」です。

コインランドリーの薄暗く剝き出しとなった床もノスタルジックな雰囲気が漂います。
少し散策しただけで、商店街の魅力「優しさや人情」を肌で感じることができました。
商店街も夕方になると、買い物をする主婦や小学校から下校してきた子どもで賑わいます。

レアールつくのは横浜 鶴見の昭和レトロな商店街 – 横浜で暮らそう

鶴見神社

鶴見神社は、横浜市鶴見区に鎮座する市内最古の神社です。
その歴史は古く、1400年以上前の飛鳥時代にさかのぼります。

その創建は、推古天皇の御代(約一四〇〇年前)と伝えられています。大正九年に鶴見神社と改称しました。

昭和三十七年、境内より弥生式後期から古墳時代の土師器を中心として鎌倉期に及ぶ多数の祭祀遺物(祭りに使用された道具)が発見され、推古朝以前より神聖な場所として、すでに祭祀が行われていたことともに、横浜・川崎間最古の社であることが立証されました。

「由緒」鶴見神社の歴史 – 鶴見神社

境内を進むと見えてくるのは、対になった大きな岩です。
神社で見る狛犬がゴツゴツした岩の上には狛犬が鎮座していました。
その光景は珍しく、境内では迫力ある厳かな雰囲気が広がっています。

そして、岩石を進んだ右側には、重厚感ただよう黒い屋根が立派な宝物殿があります。
ここには、宝物殿のほかに「横浜市指定史跡」の「鶴見神社境内貝塚」もあるのです。

古墳時代(300年代)
神社西側付近に稲作りのムラが作られた。ムラ人たちは、たくさんの土器を作り、使って、前面の海でとった貝を食べて貝塚を残した

「略年表」鶴見神社の歴史 – 鶴見神社

この貝塚は、1700年以上前の古墳時代に作られた貝塚です。
そのため、鶴見神社よりも歴史が長いことになります。
実際の貝塚は見れませんが、このような史跡が残っていることに歴史を感じますね。

日本初の女性天皇である、推古天皇の頃に創建されたそうです。
古くは「杉山神社(杉山大明神)」でしたが、1920年に社名を「鶴見神社」と改めました。

鶴見神社はこれまでに、火事による社殿の焼失・鉄道開通による接収など、さまざまな苦難を乗り越えて現在の姿に至っています。

明治 4年(1871)
この年を最後に平安時代から伝わる田祭りが県の令により廃絶となる

明治 5年(1872)
新橋・横浜間鉄道開通・鶴見駅開業/境内地西半分が鉄道用地として接収される

明治33年(1900)
1/11 汽車の火の粉で社殿焼失

「略年表」鶴見神社の歴史 – 鶴見神社

浅間社

昔、現JR線路の上に三千五百坪の山(古墳)があり、鉄道開通にあたり山が接収され現在の場所に鎮座した。

「浅間社」浅間神社 案内板より

以前は、境内の敷地面積が5000坪以上もあった鶴見神社の鳥居には歴史を感じました。
それでは、鳥居を抜けて境内の見どころについて詳しくご紹介いたします。
まずは、向かって右側の手水舎です。

創建は鎌倉時代と歴史のある鶴見神社の手水舎は、なんと自動水栓となっていました。
龍の口へ手をかざすと、水が出てくるようになっています。
歴史のある神社で現代的な設備は、あまり見かけることがないため、とても驚きました。

貝塚から拝殿の右奥をまっすぐ進むと、境内末社がずらっと一列に並んでいます。
この鶴見神社は、境内末社があることでも有名です。
そこには、稲荷社・大鳥神社・秋葉神社・関神社・祖霊社・清明宮などの神社がありました。

鶴見神社の本殿は、杉山大明神と天王宮の二社相殿なのです。
御祭神は、須佐之男命(すさのうのみこと)と御子である五十猛命(いそたけるのみこと)となっています。
古事記にも登場する須佐之男命は「牛頭天王」としても知られているのです。
そのため「安全守護/厄除け/病魔退散/病気平癒」などのご利益があります。

また、日本書紀に登場する五十猛命は「こだね(木種)の神」と呼ばれているのです。
こだねの神は、林業・建設業・造船業を守護する「木の守り神」とされています。
他にも、木は生命の源でもあることに由来して、子供や成長の守護神でもあるのです。
そのため、ご利益は「安全守護(森の安全)/成長祈願/安産祈願/子宝祈願」となっています。
これ以外にも「合格祈願/学業成就」など多方面にわたるご利益があるのです。
境内左側の絵馬掛けには、たくさんの合格祈願が書かれた絵馬がありました。

鶴見神社は横浜市内最古の神社 – 横浜で暮らそう

鶴見駅周辺ってこんなところ!

ここからは、鶴見区での暮らしが20年以上になる私自身が感じたていることをお話します。
鶴見区を知っている友人にまちのイメージを聞くと、「下町」や「田舎」とキーワードが多く出てきます。
残念ながら同じ横浜市でも、みなとみらいのような雰囲気を感じられないことは確かです。
しかし鶴見区の良いところは、「下町ならではの住みやすさ」と「アクセスの良さ」であると思っています。
商店街が多いことや学校が多いこと、長い間続いている飲食店も多いこと…
これらの住み心地は、文句の付けようがありません。

中村屋酒店 潮田町

そして「アクセスの良さ」ですが、これも申し分ありません。
JR鶴見駅から横浜駅まで10分、新宿駅まで45分となっています。
あまり知られていない、たくさんの一面を持つ鶴見区にぜひ一度訪れてみませんか。
きっと、あなたも住んでみたくなるはずです。

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